ゲイである私が資産形成とパートナーと愛猫とともに自己肯定できるまでのお話:第5話

人生再起動回顧録
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こんにちは、チャチャです。

前回は小学校時代の狂った承認欲求や、あまりにもイタいエピソードなどを語りました。
まだまだイタいエピソードはたくさんありますよ。笑

共感性羞恥が強い人は気をつけてください。笑
ニュース系の記事はガンガン投稿できるけど、やっぱり自己回顧録は手が進まないです。笑


前回はコチラ👇


小学校時代、他に何を語っていいものか。本当にいろいろあります。
恥ずかしい話ばかりですが、勝手に羞恥心にまみれながら語ります。
今回は家というよりは、学校での友人関係の話です。

まず思い出すのが、「泣く」ことを承認欲求を得る手段にしていたこと。

小学校くらいの時って、「泣かせた方が無条件で悪い」みたいな風潮ありませんでしたか?
泣かせるようなことを言った、やった、そういう状況を作った相手が絶対に悪い、みたいな。

だから、ちょっとしたことで泣く。
自分の思い通りにいかないとすぐ泣く。

子供時代、一人や二人はすぐ先生に言いつける生徒、いましたよね?笑

先生という大人が入ると、チャチャの悲劇のヒロイン劇場が出来上がります。
そして、謝ってもらうことや、みんなに気にかけてもらえるシチュエーションが、チャチャの歪んだ穴だらけの承認欲求を満たしては空にしていきます。
うーん、気持ち悪いですね。

この「泣く」という行為で相手を操る、気にかけてもらえる時期って、人生で誰にでもありますよね?
そう、赤ちゃんの時です。
そう、赤ちゃんの時だけです。

この幼少期、やっぱり親からの承認欲求が満たせなかったから、他人にそれを求めていたんだと思います。
正当化するつもりはないし、「しょうがないよね」と言うつもりもないけど。

やっぱり未熟で、幼児性が抜けていなかったのは確かですね。

だって、人気者じゃなかったからね。

残酷だけど、人気者な子、モテる子、クラスの中心にいるような子って、やっぱり幼少期から“人たらし”の要素があると思うんですよね。

顔がかっこいい、可愛い。
頭がいい。
足が速い(これは小学校までかな?笑)

とか。

間違いなく、チャチャには何も該当しません。
それにプラスして、マイナス要素の

・オカマっぽい
・ものを盗む
・性格が悪い
・落ち着きがない

みたいなオンパレード。
悲劇のヒロインぶって、相手に罪悪感を抱かせる。

己の行動に罪を感じた時人は最も弱くなる エネルはそれを知っているのだ『迷える子羊』を自ら生み支配する

by ONE PIECEのガン・フォールのセリフ

恐ろしいな、チャチャ。
今思うと、相手をめちゃくちゃ攻撃したかったわけじゃないと思うんだ。
きっと、寂しかったんだろうな…気遣ってもらいたかったんだろうな…と。

この辺の感情、実は大人になっても尾を引いていました。
今のパートナーに出会うまで、ずっと拭えない感情でしたね。
大人になったら、さすがに「泣く」という行為を手段にはしなかったけど。笑


第3話くらいだったかな?この小学校で、チャチャにも弟ができたエピソードを話したかと思います。

この頃、両親が本格的に離婚・別居の話になりました。
実はこの離婚が成立したのは、私が大学生になる年齢までかかったらしいです。

お互い泥沼で、とにかく条件を受け入れない感じだったとか。
この辺の話も追々語らせてください。

別居、つまり家を出ていくことを望んだのは母親です。

なので、再び夜に働きに出かけるようになりました。
私と次男を家に残して。

正直、父親が家にいたりいなかったり、祖父母や親戚がいたりいなかったり。前にも言いましたが、父親側の家はとにかくお金持ちです。

人の出入りは多かったですが、子供だけになることはさすがになかったです。念のため言っておきますが、ネグレクトのような放置はなかったです。
チャチャも次男も、実際生きてますし。

ご飯も食べさせてもらってたし、何かと遊んだ記憶もあります。
焼肉とかのような食事もあったしね。くさっても金持ちで、体裁があります。

なんでもそうですが、常に憎しみや怒りを持続するのは、普通の人間には無理じゃないですか。
父親も親戚も、いわゆる「スイッチ」が何かのきっかけで入ってしまうだけ。

ただ、それだけなのかな。

ちょっと脱線しますが、本当はこういう回顧録を書こうと思っているとき、もっと私の中では過去の思いはマイナスだったんです。

ただ、こうやって

・思い返し
・反芻し
・言語化する

と、客観的に見る。そうすると、私が思ってたより、案外悪くなかったのかなって思ったりもします。
(いや、一般的には良い環境では絶対なかったけど!笑)

世の中、虐待であまりにも痛ましい結果になることが多すぎますよね。
私と次男は、幸いにもその結果にはなっていない。

でも、もうあまりにも過去の話ですからね。
取り返すにも、言葉を交わすにも、もう遅すぎたかなって。

「人生、何かを始めるのに遅すぎることはない」的な名言もあるけど、それはそのアクションを望んでいる人の話ですよね。

私は、今さら交流は望んでいません。
もう自分の中で消化した事案で、固執もないです。

なぜなら、今の自分が最高に良いからです。
パートナーと愛娘の猫、素晴らしい友人、良い仕事環境、こうやってブログを書き続けられる環境が今の私を構成してくれている。

過去に何かを求めることはもうありません。
「もう」と言っているのは、20代中盤までは正直あったのが本音です。笑

今の旦那との出会いは、チャチャが26の時です。その時までってことになります。
この出会いは、また後で語っていきます。

宇多田ヒカルの言葉で個人的に好きなものがあります。
米ビルボード誌によるインタビュー記事

<記事の抜粋>
I don’t really believe in the concept of success. I think it’s just an idea that exists in our minds. I also don’t believe in failure, because whatever you do now can change the meaning of something that happened in the past. Something you thought was a failure, you could look back on and realize, “Oh, that got me here now and I feel successful,” or vice versa. I think it just depends on what moment you’re looking back on. It’s an interpretation, and it always changes.

<和訳/意訳>
私は「成功」という概念をあまり信じていません。それは私たちの心の中に存在するひとつの考えにすぎないと思うからです。「失敗」についても同じで、私は信じていません。なぜなら、今自分が何をするかによって、過去に起きた出来事の意味は変わるからです。かつて失敗だと思っていたことも、振り返ってみれば「ああ、あれがあったから今の自分がいるし、今は成功していると感じる」と思うこともあるし、その逆もあり得ます。つまり、どの時点から過去を振り返るかによって、その意味は変わるのです。それは解釈の問題であり、常に変化するものだと思います。

やっぱり、国内で最大の売り上げアルバムを誇る人は違いますね。

確かに私は、自分の過去を「良い過去だった」とか「自慢できるもの」とは思っていません。多分今も。
確実に、そうじゃない人生の方がよかっただろう、と一般的な感覚としては思います。

ただ、そういった過去があったからこそ、私はなにがなんでも家族を一番大切にしたいという思いがある。
ゲイじゃなければよかったと思ったこともある。でもゲイじゃなければ、今の旦那とピザ食って馬鹿笑いしながらアベンジャーズ観てないし。

自分の中ではそういうことなんだろうなって思うんですよね。
だから過去の話を、過去として、羞恥心にまみれながら、「アチャー😵」って言いながら言語化できています^ ^

流石に、良いこと言った感を醸しすぎて自分に酔いすぎ、クレーム来そうなので、本筋に戻します。笑


で、母親が再び働きに出かけるようになりました。
家を出ていくための資金稼ぎですね。

後に母親からも言われました。
「自分で自由に生きるには、お金が必要。自分で稼がないと。」

母親は、生きるすべてを全部、父親側に握られていましたからね。この言葉は、チャチャにも受け継がれています。

さすがに、夜の体を売る仕事ではなかったと思います。銀座のホステスクラブって言ってたような。
まあ、この辺の真偽を確かめる術はもうないし、どうでもいいですね。

このあたりの両親は、バトルがそれなりにヒートアップしていた記憶があります。
父親の理由は明快です。プライドです。

母を愛しているとか、そういう理由じゃない。
離婚や別居を、フィリピン人のお前から検討されたり、口に出された事実が許せないんです。

「お前らを受け入れてやって、こんなによくしてやってるのに。」

父のこういう姿勢や攻撃性を顧みると、この人も自尊心がないんでしょうね。
攻撃性や優越性、「自分が正しい、偉い」と満たしたかったんだろうな。

チャチャの子供時代がまさにそれと同じでしたね。やはり、チャチャはこの父親の血を引いてるな…笑

ということで、今回はここまでにしようと思います。

ふぅ。やっぱり恥ずかしいなw

次回は、両親が別居したので、私と次男は一旦、母親に引き取られます。
“一旦”という言葉で含みを持たせておきます。

資産形成の話はまだ全然出てこないのは許してください。笑

また、ある程度内容が書けましたら投稿していきます。
引き続きよろしくお願いします。

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この「チャチャの人生再起動回顧録」シリーズは、ゲイの私が資産形成やパートナー、愛猫との日々を通じて自己肯定できるまでの話を、淡々&自虐多めで綴っています。

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